日本の医療の未来を考える会

第19回 医療機関のBCP(事業継続計画)に関わる厚生労働省の取組(松岡輝昌 氏)/真に機能する病院BCPとは(小林直樹 氏)

第19回 医療機関のBCP(事業継続計画)に関わる厚生労働省の取組(松岡輝昌 氏)/真に機能する病院BCPとは(小林直樹 氏)

真に機能する病院BCPとは
講師・鹿島建設㈱建築設計本部設備設計統括グループ統括グループリーダー
小林直樹氏

■病院BCPの特徴

集中出版 小林直樹 東日本大震災以降、BCPという言葉が一般的に使われるようになってきました。BCPを策定する自治体や企業が増えていますが、病院ではそうなっていません。なぜなら、病院のBCPは一般のBCPと違うからです。

 災害発生後、病院の医療供給能力は低下しますが、被災者が訪れることで、需要量が急激に上昇します。そのため、需要と供給のギャップが、一時的に非常に大きくなります。一般企業の場合、工場の生産ラインが被災したり、部品の供給が滞ったりすれば、供給能力がゼロになることがあります。しかし、病院の場合、医療供給能力をゼロにすることは許されません。通常の20%でも30%でも、供給しなければいけないのです。

一般企業のBCPが「中断→復旧→業務再開」という流れになるのに対し、病院のBCPは医療業務を継続しながら復旧に取り組まなければなりません。もう1つの大きな違いがあります。一般企業では供給能力の低下は逸失利益ですから、BCPのコストは、それをヘッジするためのコストと考えることができます。それに対し、病院では、医療提供能力の低下と逸失利益は必ずしも結びつかないので、BCPのコストは経営上の負担となるのです。

■東日本大震災の教訓と病院BCP策定のポイント

日本の医療の未来を考える会 小林直樹 東日本大震災で被災した病院で集められた声は、BCP策定の参考になります。

 非常用発電機があれば、被災しても機械は動くと思っている人が多いのですが、実際にはそうではなかったということが多くの病院で起きています。非常用発電機があっても、電気が何に送られているかは千差万別です。すべての機械が動くわけではありません。通信システムが予定通りに機能しなかった例も多く見られました。災害対応として装備しておいても、それが機能するとは限らないのです。こうした東日本大震災の教訓から、さまざまなボトルネックの存在が明らかになってきました。施設の運用や維持管理の問題も浮き彫りになってきました。従来は災害への対応として、ハードの強化が考えられてきましたが、東日本大震災以降は、ハードの強化以前のさまざまな問題に対応することが必要だと考えられるようになっています。

 たとえば、手術機能に対する災害対策というと、かつては電源や照明など、ハードの強化に主眼が置かれていました。しかし、それだけでなく、病院機能の運用面の充実も必要ですし、医師や看護師などの人的資源も重要です。このように、手術機能を維持するということを考えても、単にハード面の充実だけでなく、それらのハードを使うための運用面の充実も考慮し、効果的なBCPにしていく必要があります。

■病院BCPと建築・設備

 災害発生時に医療を継続するためには、病院の何が使えて、何が使えなくなるのかを知っておくことが大切です。例えば、停電のときに頼りになるのは非常用発電機ですが、非常用発電機によって何が使えるようになるのかを、はっきりさせておくとよいでしょう。防災負荷(消化ポンプ・排煙機など)には、どんな病院でも非常用発電機から電気が送られます。しかし、保安負荷(給排水ポンプ・電話交換機など)、医療用負荷(医療用コンセント・証明など)、一般負荷(一般用コンセント・証明など)に電気が送られるかどうかは、それぞれの病院で異なっています。非常用発電機に関しては、何時間運転できるのかも重要な問題です。長時間運転可能にすると、燃料タンクが巨大化してしまうという問題が生じます。

 鹿島建設には、建物安全度判定システム「q-NAVIGATOR」があります。地震後の建物の安全性をいち早く判断し、その建物で医療を継続していいのかどうか、その判断をアシストするシステムです。建物内に複数の加速度センサーを設置し、地震直後に揺れを分析。建物の安全度を、「安全(館内待機指示)」「要注意(館内待機だが被災状況を確認)」「危険(適切な非難誘導)」の3段階で判定します。病院のBCPを支援するシステムです。


質疑応答では次のような発言がありました。

尾尻:「BCPを策定することで災害時にも医療が可能になるのですから、BCPの策定を進めるために、厚生労働省が策定のためのマニュアルを作り、医療機関に送るとよいのではないでしょうか。地域によって状況に違いがあるかもしれませんが、そこは医療機関が修正して完成させればよいと思います。そういう方法もあるのではないですか」

松岡:「医療機関は、それぞれが持っている資源も違いますし、地域の状況も違いますので、一律のマニュアルを渡して、これでやってくれというのは難しいと思います。そこで、厚生労働省としては、ひな形を作ろうということで、研究者にお願いしています。これがうまく作れれば、それを参考にしていただくことで、BCPの策定が進むと考えています」

服部智任(社会医療法人JMA海老名総合病院院長):「当院は災害拠点病院ではないのですが、災害のときにはお願いしますと、保健福祉事務所から言われています。しかし、災害時に総合的な判断ができる人の育成が進んでいません。人材育成について情報がありましたら、教えてください」

松岡:災害拠点病院に関しては、BCPの考え方を学んでいただいたりする研修事業を行っていきますが、一般病院に門戸が開かれている状況にはなっていません。ただ、災害拠点病院と一般病院が、どのように手を組んで災害に対応するかということは、非常に重要だと思います。近くの災害拠点病院には、BCPの講習を受けて来られる方がいると思いますので、話し合いをしてみるのも1つの方法かと思います」

小林:「日本医療福祉設備協会という団体がありますが、ここではCHE(Certified Hospital Engineer=認定ホスピタルエンジニア)という資格を作り、その認定を行っています。病院の設備などに対して、医療がわかったうえで、設備についても専門知識をもつプロフェッショナルを育成していくことが目的です。講習会なども行っていて、毎年人数を増やしています。こういった資格を取るのもよいかと思います」

小谷聡司(厚生労働省医政局地域医療計画課救急・周産期医療対策室災害時医師等派遣調整専門官):「人材育成は国にとっても大きな問題です。特に災害拠点病院でBCPを策定できない、という問題があります。ノウハウがない、そもそもBCPが何であるかもわからない、ということですので、BCP策定研修事業によって、国においても初めて人材育成を始めることになっています」

北久保智也(厚生労働省医政局地域医療計画課救急・周産期医療対策室災害医療対策専門官):「BCP策定研修事業が平成29年度から始まっています。災害拠点病院では、平成30年度までにBCPの策定を行い、それに基づいた訓練を行うことが義務づけられました。災害拠点病院に注力して、人材育成をしていくことになります。ただ、この研修の対象には、災害拠点病院に加えて「第二次救急医療機関等」と入っています。災害拠点病院のBCP策定を進めることを狙いとした研修ですが、それで終わりとは考えていません。最終的には、すべての病院がBCPを策定することが望ましいということになっています。そのための人材育成は、平成31年度以降も継続して行っていきたいと考えています」

服部:「周辺に小さな市町村がいくつもあり、それぞれから災害時に対応してほしいと言われているのですが、それぞれの行政区によって、災害時の対応マニュアルがばらばらです。そのあたり、どうすればうまくいくのでしょうか」

松岡:「市町村で違うというのは、ありそうな話だと思います。ただ、災害時の医療計画は、基本的には都道府県で作っていますので、県内では統一されていると思います。それでも、県境などでは問題が生じる可能性はあります。うまく泳いでいただく、という話になるのかなと思います」

荏原太(医療法人すこやか高田中央病院院長):「横浜で、災害強力病院として災害拠点病院の下で活動することになっていますが、危惧される点があります。1つは、県と市の連携が本当にできているのかという点です。もう1つは、横浜市独自の循環型備蓄による医薬品の備蓄です。調剤薬局に備蓄するのでロスがないというコンセプトですが、災害時に必要となる医薬品と、調剤薬局にふだん置いてある薬剤は、違うのではないかと思います。また、その調剤薬局が被災したらどうなるのか、という心配もあります」

松岡:「基本的には、災害時の医療計画は県が策定することになっています。しかし、市でも災害時に市民を守るという観点から、災害時にどう活動するかを考えているのだと思います。県と市の連携がうまくいっていないのは、PDCサイクルがうまく回っていないのが原因ではないかと想像します」

荏原:「某災害拠点病院の非常用発電機が、川沿いにある病院にも関わらず、グラウンドレベルに設置されていて、とても心配です。こういったことをチェックする機関はないのですか」

小林:「水害に対する配慮が必要と考えられるようになったのは東日本大震災以降です。設計当時、それをどこまで重視していたかという問題はあります。非常用発電機は月に1度試運転をする必要があり、そのときに大きな音を出すので、屋上や病室の近くに設置するのは好ましくありません。遮音の処置をすると、大変お金がかかります。建物から離しておくために、地上に設置したのではないかと思います」

土屋了介(地方独立行政法人神奈川県立病院機構理事長):「先ほど、横浜市と神奈川県の連携の話がありました。当機構には5つの病院がありますが、4つが横浜市内にあります。横浜市は政令都市であるため、医政局からの通知は、県知事だけでなく横浜市長にも行っていると思います。そのため、県と一緒に市も用意を始めるので、二重で指示がくることになります。私どもの病院は、県立病院でありながら、監督官庁は横浜市なのです。行政的な整理をしていただかないと、食い違いが出てきます。

また、BCP策定のための研修に関しては、研修に人を出すコストが、医療機関の場合は経営の負担になっています。補助金をとは言いませんが、そのあたりのことも考慮して計画を立てていただきたいと思います。もう一つお聞きしたいことがあります。災害が起きて病院が全壊に近い状態になった場合、復旧に取り組むことになると思います。しかし、現在は病院を整理していく時代です。全壊した病院を統廃合に結びつけるようなことを、厚生労働省はお考えではないのですか」

松岡:「災害をきっかけにして、病院の統廃合を進めるということは考えていないと思います。少なくとも聞いたことはありません」

井元剛(株式会社9DW代表取締役):「災害時の計画をAIが立案するとか、今までの災害規模と対応から、何か足りないものがあるかを指摘するとか、そういった判断をAIが行うことはできるかもしれません。そういうニーズはあるのでしょうか。人間が判断していた部分を、ある程度、機械に学習させたり、AIに分析させたりしてみたい、というニーズはあるのでしょうか」

松岡:「思いつきレベルの話ですが、指揮官のいなくなった病院をどうやって動かすか、という問題があると思います。過疎地や僻地では、医師がその他の地域から通っていることがあります。そのような場合、交通が途絶えることで、病院が指揮官不在になる可能性があります。そうしたときに、次に何をすべきかをアドバイスしてくれる指揮システムみたいなものが必要だとは思います」


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