増え続ける外国人患者の受け入れ体制と
今後の取り組みについて考える
尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表(集中出版代表)「訪日外国人が1000万人を超えたのが2013年。それからわずか5年で、3000万人を超えました。経済界は潤っていますが、医療界には未収金など様々な問題が起きています。本日は外国人患者の受け入れ体制について、お話をうかがいます」
三ッ林裕巳・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(自民党衆議院議員、医師)「急増する訪日外国人に対する医療体制をどうするかは喫緊の課題です。また、東南アジア諸国は日本の医療に大きな期待を寄せています。これらの問題について、皆様から多くの意見が出され、実りある議論になることを期待しております」
■なぜ外国人患者の診療が問題になっているのか
日本の人口は今後100年間で100年前の水準になる、と言われています。平安初期に550万人だった人口が、江戸時代直前の1600年時点で1227万人になっています。約800年かけて2倍に膨らんだわけです。そこから270年たった明治初期には約3倍になっています。さらにその140年後、人口は3.7倍に膨らみ、2010年にピークを迎えます。そこからは、急激に増えてきた人口が、つるべ落としのように急激に減少していきます。国に発展をもたらす要因はいろいろありますが、かなり重要なものとして人口があります。
日本の人口は減少していきますが、外国人は増えています。訪日外国人が2018年に3000万人を突破しました。政府は、20年には4000万人、30年までには6000万人まで増やすことを目標にしています。訪日外国人患者が増える中で、未収金の発生などが問題となっています。そうした状況に対応するため、医療通訳を整備したり、外国人患者対応病院をリストアップしたりすることが課題となっています。厚生労働省では、専門家の方に検討会に参加いただいたり、研究班で研究していただいたりしているところです。
医療機関でIDの確認をしっかり行ったり、保険の状況を確認したりすることで、未収金の発生を減らすことができたという報告があります。国立国際医療研究センターの例です。また、派遣された医療通訳で対応することにより、未収金が減ったという報告もあります。神奈川県のある診療所の例です。神奈川県には外国人患者の未払い金補填事業というのがあるようですが、医療通訳を活用することで、補填のための財政支出が減っているというのです。
厚生労働省には「医療国際展開推進室」があります。日本の医療技術・サービスを国際展開していくために、医療機関・関連企業などによる国際事業展開活動を支援することになっています。2013年に医政局内に「医療国際展開戦略室」として設置され、2014年に「医療国際展開推進室」に改組されています。
その業務にはインバウンド業務とアウトバウンド業務がありますが、昨年度と今年度はインバウンド業務がかなり多くなっています。
■外国人患者の医療機関への受診状況
訪日外国人は急激に増加しており、在留外国人も増加しています。在留外国人は273万人で、基本的に保険診療となります。訪日外国人は観光目的で来た人が年間3119万人、医療目的の人が年間数千人から1万〜2万人程度います。
2018年10月の1カ月間の外国人患者の受け入れ実績を調べると、回答があった病院の49%(1965病院)が外国人患者を受け入れていました。多かったのは月間10人以下の病院ですが、中には1000人を超えるような病院もありました。
2次医療圏ごとの医療通訳の整備状況を調べると、医療通訳の配備された病院が1つはある医療圏が全体の約4割でした。電話通訳が可能な医療圏は約5割、タブレットなどのデバイスで対応している医療圏も約5割。これらのいずれかで対応している医療圏は約7割でした。
訪日外国人患者の診療価格は自由診療ですが、ほぼ全ての医療機関が、診療報酬の点数表を使って診療価格を決めており、90%の病院では1点10円で計算していました。ただ、外国人患者の多い病院に限ると、27%の病院が1点20円以上で請求していました。積極的に外国人患者を受け入れている病院では、1点当たり30円のところもありました。医療通訳の費用を請求している病院は約1%。外国人患者を多く受け入れている病院限ると、約10%が通訳料を請求していました。
外国人患者の診療は、診療時間が長くなるなど負担が大きいため、診療価格が高くなるのは当然で、継続性を考えた場合、そういった対応をしていただくことが重要だと考えています。現在、外国人患者の診療にはどのくらいの診療価格が妥当なのかを、研究班で検討してもらっています。そういった数字を出していきたいと考えています。
未収金の問題も発生しています。2018年10月の1カ月間に外国人患者を受け入れた病院を対象にした調査では、18.9%の病院で未収金が生じていて、1病院当たりの平均未収金の発生件数は8.5件、総額は42.3万円でした。総額が1000万円を超える病院もありました。
■政府全体の取り組み
政府は「訪日外国人に対する適切な医療等の確保に関するワーキンググループ」を作りました。各省庁がこの問題に連携して取り組む必要があるため、官邸の健康・医療戦略推進本部の下に設置されています。未収金の発生を予防したり、外国人が安心して医療を受けられるようにしたりするため、各省庁が取り組みをまとめています。
厚生労働省は外国人受け入れ能力の向上支援を行っています。また、厚生労働省と環境庁が実態調査を実施し、外国人が日本の病院で安心して医療を受けられるように、外国人患者を受け入れる病院リストをまとめるなど、情報発信も行っていくことになっています。
過去に医療費の不払いがある外国人に対する入国審査の厳格化についても議論が進んでいます。不払い実績がある外国人に対して、上陸拒否ができると政府は示しています。実際にどのような人に対して上陸拒否するのか、厚生労働省と法務省で協議しているところです。例えば、たまたま現金がなくてわずかな金額の不払いがあったような人はどうするのか、といったことも整理していく必要があります。実際には、本当に悪質な事例はあまりないのではないかと思っています。本当に悪質な事例については、法的な対応もできるように整備しているところです。
■厚生労働省の取り組み
今年度は財務省から予算をいただきまして、外国人患者受け入れのための医療機関の整備として、拠点となる医療機関への医療通訳や医療コーディネーターの配置支援ですとか、医療通訳のシステム構築などにも取り組んでいます。また、地域の受け入れ体制の強化として、電話通訳の団体契約を推進しますし、都道府県単位の医療・観光等連携ワンストップ対応ができるような窓口を設置していただくことを予定しています。
医療機関における外国人患者受け入れ環境整備事業ということで、今年度は1億3669万円の予算を確保しています。また、外国人患者に対する医療提供体制整備などの推進として、15億1825万円を確保しています。新規の事業として、医療コーディネーターの養成研修、医療通訳のためのタブレットの配備などを進めていく予定になっています。
現在、医療通訳に関しては、認証の在り方が課題となっています。民間の認証制度がいくつかあるのですが、質を担保するような形で、これをまとめることはできないか、ということが課題となっているのです。そこで、「医療通訳の認証のあり方に関する研究」を行うための研究班を作り、専門の先生方に研究していただいています。いくつかある医療通訳の認証制度を、水準を落とさない形でまとめていただくことになります。
尾尻「医療通訳や国際弁護士などを各医療機関が独自に持つのは困難です。医療機関がアクセスして使えるような公的機関を作ることは?」
喜多「医療通訳に関しては、既にある民間認証制度をベースとし、質を担保するような仕組みを作っていきたいと考えています。医療過誤に関しては、今は手を付けられていない状態で、これから考えていかなければならない課題となっています」
松波英寿・蘇西厚生会松波総合病院理事長「悪質な不払いという言葉が出てきましたが、日本の医療機関を守る立場として、悪質なものだけでなく、全ての不払いに対処してほしいのですが」
喜多「悪質な未収金に限らず、医療機関から通報を受けたものは全て法務省に通報し、対応してもらえばいいのではないか、という意見もあります。そうなると、入国審査の時に、例えば5000円の不払いがあっただけで入国拒否となるケースも起きてきて、これが妥当なのかという話になります。法務省では懲役1年以上の刑を受けた人、外務省では国際指名手配をされている人などが対象です。それに比べるとやはり無理があるのでは、という意見もあります。厚生労働省と法務省で、法律家にも加わっていただいて、検討を進めています。
松岡健・葵会医療統括局長「厚生労働省は新たな取り組みで医療コーディネーターを養成しています。医療を分かっている人が通訳しないと駄目ですが、その点について国家的戦略はあるのですか」
喜多「医療コーディネーターの養成研修と医療通訳の話を絡めて申し上げます。医療通訳は医療用語を知っているだけでも、語学ができるだけでも駄目で、医療の中身も制度も分かっている必要があります。私どもが参加させていただく医療通訳の研修では、インフォームドコンセントの在り方や倫理的な内容も研修しています。また、医療通訳と名乗るためには何が必要かについて、研究班でまとめていただいています。医療コーディネーターについても、課題をパターン化することはできるので、言語ができなくても、医療コーディネーターとして働くにはこうしたスキルが必要である、ということをまとめていただいています」
荏原太・すこやか高田中央病院院長「デンマークでは外国人旅行者の医療費は全てただです。未収金のトラブルを考えた場合、日本政府がインバウンドの旅行者に関しては医療費を全て負担するという方法もあると思います。そう考えるのは、中国の人がツーリストと称して3カ月に1回来日し、処方された薬を持ち帰って本土で売っている、という話があるからです。そういう人かどうかを、医療機関は判断することができません」
喜多「先生がおっしゃったようなアイデアもあり得るとは思っています。厚生労働省医政局は地域医療も担当しておりまして、地域医療の確保を行いつつ、外国人患者への対応も行っています。先生が提案されたような話は、官邸の健康・医療戦略推進本部の方では議論されています。アイデアとしては、傾聴に値するものだと思います」
瀬戸晥一・脳神経疾患研究所附属総合南東北病院口腔がん治療センター長・BNCT企画開発本部長「外国人患者のがん治療を行った時、患者の地元の病院とのタイアップが重要になります。外国の病院との間でネットワークを作って医療を行えれば、医療ツーリズムはさらに推進されると思います。そうしたことを厚生労働省にバックアップしてもらえないでしょうか」
喜多「アウトバウンド事業や医療技術の国際展開なども所管しており、その中で医師の技術指導なども含めてやらせていただいています。外国の患者さんが日本で治療を受け、そのフォローアップを現地の病院でしていただき、その中で技術指導をしていただくというのは、まだやってはいませんが、あり得る試みだと思います」
加納宣康・沖縄徳洲会千葉徳洲会病院名誉院長「外国ではキャッシュレスが当たり前になっています。その人達が日本の医療機関を受診した時、キャッシュレス決済を求められることが起こるのではないかと思いますが」
喜多「経済産業省がキャッシュレス推進協議会という団体を持っていて、その中のワーキンググループで、医療機関のキャッシュレス推進というテーマで議論を重ねています。課題となっているのは、手数料のディスカウントです。大きな団体として契約することで安くする、ポイントを付けなくていいので決済料を下げる、といったことが考えられています。キャッシュレス対応の遅れが未収金の発生原因にもなっているので、未収金を減らすことにも繋がると考えられています」
上西紀夫・昭和病院企業団企業長兼高度・急性期医療センター公立昭和病院院長「観光目的の外国人はお金を持っているので問題ありません。在留外国人でも登録されている人なら、お金がなくてもサポートする人がいます。問題は不法滞在の人が受診してきた時です。どう対応すべきとお考えですか」
喜多「オーバーステイなどで実際に困る事例があり、救済の手段がないことが問題となっています。行き倒れになった時に救済する法律はあるのですが、最終的には自治体が面倒を見ることになっています。技能実習生などは保険医療の枠組みに入りますが、そこから漏れてしまう事例をどうするかは課題です」
落合慈之・訪日外国人医療支援機構理事長「医療通訳や医療コーディネーターには働く場がないそうです。少ない人材を有効に配置してうまく使い、きちんと給料を払える形を作らないと、医療通訳も医療コーディネーターも育たないと思います」
喜多「医療通訳の資格を取っても、なかなか生計を立てられないという話は聞いています。対面通訳だと、ある程度集中して外国人患者が来ないと成り立ちません。現場で話を聞きますと、電話通訳はかなり使えるそうです。これが最も現実的な方法ではないかと私は思っています。どうしたら生計を立てられる仕組みになるか、を考えていく必要があります」
関川浩司・石心会第二川崎幸クリニック院長「医療目的で来日する外国人の医療を、政府はもっと増やしたいと考えているのでしょうか」
喜多「首相官邸も健康・医療戦略推進本部も、そういった方針でやっています。ただ、厚生労働省の地域医療を守るという立場からは、バランスを考えずに進めていくことはできません」
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