山田賢司・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(自民党衆議院議員)「ワクチンは国民の生命に直結するだけに、戦略物資と考え、医療というより安全保障の観点から見ています。なぜ国産ワクチンが出来ないのかという批判もあります。国がワクチンを買い続けるような、持続可能な仕組みが出来ないものかと考えています」
尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表、『集中』発行人「このパンデミックによって、ワクチンには一国の外交を担うという重要な役割が加えられました。中国はワクチン外交に力を入れています。日本も考えを変えるべきでしょう。政府が国産ワクチンのために大きな研究開発資金を投じる事を期待しています」
COVID-19に対する
国産ワクチン開発とその意義
■日本が打ち出した新しいワクチン戦略
ワクチンについて考える時、日本ではどうしても公衆衛生の観点が中心になります。しかし世界的に見ますと、ワクチンは戦略物資で、ワクチン外交が繰り広げられています。その重要な地域が東南アジアです。今回のパンデミックが収まっても、10年以内にはかなりの確率で次のパンデミックが起こると考えられます。可能性が高いのは東南アジアです。そうした時に、日本はどのような形で世界に貢献する事が出来るのでしょうか。そういう点から、ワクチンを考えるべきだと思います。
先日、政府から「ワクチン開発・生産体制強化戦略」が発表されました。ワクチンに対する従来の日本の考え方とかなり異なり、先駆的な内容を含むものになっています。従来、ワクチンは日本人の分だけあればいいというのが基本的な考え方でした。しかし今回の戦略では、ODA(政府開発援助)を活用してワクチンを外国に出していく事になっています。国内だけに目を向けていたこれまでと異なり、海外への支援を打ち出しているのです。
ワクチンはゲームチェンジャーと呼ばれます。現在、日本ではファイザー社とモデルナ社のワクチン接種が進んでいますが、どちらも優れた成績を持つワクチンで、確かにゲームチェンジャーになり得ると思います。ただ、ワクチンだけで元に戻れるかというと、そうはいきません。もう1つ重要なのが治療薬です。最近、抗体カクテル療法が承認され、これはある程度効果がある事が分かっています。しかし、もう少し効果の高い特効薬的な薬剤が出てこないと、治療薬に関しては十分とは言えません。最終的には、新型コロナウイルスの体内での増殖を抑える、インフルエンザに対するタミフルのような薬が出来る必要があります。それにはもう少し時間がかかりそうです。
■RNAワクチンは早く作る事が出来る
従来のワクチンはウイルスを不活化する方法で作っていました。新型コロナのワクチンでは、中国製ワクチンがこの方法で作られています。インフルエンザワクチンも同じで、鶏の生きた卵でウイルスを増やし、そのウイルスを不活化してワクチンとして使います。新型コロナウイルスは鶏の卵では増えず、ミドリザルというサルの腎臓の細胞でしか増えません。そういう事を調べるのに、普通はかなり時間がかかります。ところが中国では、2020年3月に臨床試験に入っています。ウイルスの発見が19年12月ですから、わずか4カ月で未知のウイルスの培養法と不活化の方法を見つけ、しかも安全性の確認を済ませ、臨床試験に入った事になります。常識的にはあり得ない早さです。そういう事もあって、武漢ウイルス研究所に起源を持つウイルスではないかとか、もっと早い時期に発生していたのではないか等と言われているわけです。
中国が完成させた不活化ワクチンには弱点があって、変異したウイルスには効果が弱くなります。中国製のワクチンを打ったインドネシアやUAE(アラブ首長国連邦)等で感染が拡大しているのは、それが原因と言われています。
ファイザー社とモデルナ社のワクチンも、20年3月に臨床試験が始まっています。これも早過ぎると思う人がいるかもしれませんが、そうではないのです。ファイザー社とモデルナ社のワクチンはRNAワクチン、私どもが開発を進めているのはDNAワクチンですが、これらのワクチンは遺伝情報があれば作る事が出来ます。新型コロナウイルスのスパイクタンパクの遺伝情報が分かれば作れるのです。ウイルスそのものは使いません。
我々は20年3月にワクチン開発を始めると発表して、1カ月くらいでワクチンを作りました。ファイザー社やモデルナ社は、10〜15年も前からRNAワクチンの開発を始めているので、おおよそ出来上がっていたのです。完成していた自動車のエンジンを別の物に替えるように、新型コロナの遺伝情報を組み込めばよかったのです。
■特長が異なる4つのタイプのワクチン
ワクチンには4つのタイプがあります。インフルエンザワクチンのように、ウイルスそのものを使うワクチンは「ウイルスワクチン」と呼ばれています。ウイルスを不活化して用いるため、「不活化ワクチン」と呼ばれる事もあります。日本では、KMバイオロジクスが開発しているのが、このタイプのワクチンです。
ウイルスのスパイクタンパク質を合成し、それをワクチンとして投与する方法もあります。「組み替えタンパクワクチン」と呼ばれます。日本では、シオノギ製薬がこのタイプのワクチン開発を行っています。
これらのワクチンとは異なり、RNAやDNAを投与する「核酸ワクチン」があります。ファイザー社とモデルナ社のワクチンはRNAワクチンです。日本では第一三共がRNAワクチンの開発に取り組んでいます。大阪大学とアンジェスが共同開発しているワクチンは、DNAワクチンです。どちらも核酸ワクチンの仲間です。
RNAとDNAはどう違うのかと言うと、ワクチンが製品だとすると、RNAは部品に相当し、DNAは設計図に相当します。ファイザー社とモデルナ社のワクチンは、RNAという部品を体内に投与する事で、体内でワクチンとして働くタンパク質を作らせます。DNAワクチンは、設計図の段階で体内に投与し、体内で部品となるRNAを作らせ、更にワクチンとして機能するタンパク質を作らせる必要があります。
DNAワクチンは、部品となるRNAを作る手間がかかるため、有効性ではRNAワクチンの方が優れているのは確かです。しかし、RNAはとても不安定なため、RNAワクチンは超低温状態でゆっくり運ばなければならないといった弱点があります。また、不安定なRNAは脂質の膜で包む必要があり、この脂質によってアナフィラキシーが起こる事があります。それ以外にも、3割以上の人に発熱が見られる等、様々な副反応が現れる事が知られています。一方、DNAは非常に安定しているため保存が容易で、投与しても副反応が軽いという特長があります。
DNAを用いたワクチンには、「ウイルスベクターワクチン」もあります。アストラゼネカ社のワクチンがこのタイプです。風邪の原因となるアデノウイルスに新型コロナウイルスのDNAを入れ、それを投与する事で、体内で新型コロナウイルスのスパイクタンパクを作らせるのです。このワクチンを投与すると、副反応として風邪のような症状が出ます。また、アストラゼネカ社のワクチンは、若い女性で6万人に1人程度の割合で血栓症による死亡が起きています。そうした事もあり、日本では承認されましたが、使われてはいません。
■日本でワクチン開発が遅れた理由
このパンデミックで日本が購入したのは、ファイザー社、モデルナ社、アストラゼネカ社という3社のワクチンです。世界のベスト3を購入したと言えます。素晴らしい選択だったと思います。この3種のワクチンは、いずれも遺伝子治療の技術を活かしたワクチンです。欧米では遺伝子治療の研究が続けられてきており、それが花開いたといえます。日本では、iPS細胞の研究がノーベル賞を受賞した事もあり、細胞を使った治療の方に資金も研究者も流れていき、遺伝子治療の研究が欧米ほど進まなかったのです。細胞治療の分野に比べ、研究者の数は10分の1もいない状況でした。そのため基盤となる技術が育たなかった事も、国産ワクチンの敗戦に繋がっています。
治験の問題もあります。日本には新型コロナに感染する人が、欧米の10分の1以下しかいませんでした。ファイザー社は1万8000人を対象に治験を行い、百数十人が感染しています。日本で同じような試験を行うと、20万人くらいに打たないと有効性が証明出来ません。これは実質的に不可能ですから、日本では新型コロナワクチンの治験は出来なかったのです。そうなるとインドネシアやフィリピン等海外の国で行う事になりますが、それらの国が協力してくれるのは、完成したワクチンをもらえるからです。ところが、我々が作れるワクチンは3000万〜4000万人分で、海外に供給する力はありません。そういう意味でも、ワクチン開発に必要な治験の体制が整っていないのです。これが現在の状況です。これを教訓として、新しいワクチン戦略の中で、世界の中で日本が貢献出来るようになる事が期待されています。
国からの支援も日本とアメリカでは大きく異なっていました。ファイザー社とモデルナ社は、政府から継続的に多額の支援を受けていました。アメリカではバイオテロに備えるため、早急にワクチンを作る事を支援していたのです。そうした中で技術を磨いていき、それが今回のパンデミックで花開いたわけです。日本では感染症の時代は終わったという事で、生活習慣病の薬の開発を中心に行ってきました。そのため、ワクチンを開発するメーカーもなくなり、今回は一からのスタートになりました。これも遅れた大きな要因です。
政府の支援方法も全く違います。アメリカではワクチンを買い取っていますが、日本では補助金の逐次投入という形です。最初にお金をもらうと、例えば1億人分が必要なら、企業は1億人分の製造施設を確保出来ます。ところが、日本ではワクチンが成功してから、何人分作るかが決まるので、最初から必要な人数分を作れないのです。
海外のワクチン開発支援の金額は、モデルナ社が2500億円、ファイザー社が2000億円、アストラゼネカ社が1200億円です。こうした巨額の支援が投入された結果として、短期間でワクチンが完成しているのです。日本では、各社ともせいぜい数十億円の支援でした。残念ながら金額に大きな差があったのも事実なのです。
尾尻「新型コロナのワクチン開発に取り組んでいる国内メーカーが4社ありますが、お互いに情報交換はしているのですか」
森下「民間企業同士は情報を交換したいのですが、AMED(日本医療研究開発機構)の支援を受けている事もあって、それぞれの話は聞けなくなっています。例えば抗体価の測定方法等は、それぞれ違った方法で測っているので、統一してもらわないと、どのワクチンが優れているのか、正直言ってよく分かりません。また、「アジュバント」というワクチンの効果を増強する物質も、各社違った物を使っているので、これも本当は共同利用したいのです。やりにくいのは、ワクチン開発に関しての司令塔がいないので、こうした事を誰に相談したらいいか分からない点です。これが一番困ります。厚労大臣なのか、官房長官なのか、誰が最後に責任を取ってイエスと言ってくれるのか、本当によく分かりません。河野太郎ワクチン担当大臣は配送と接触が担当ですので、開発から供給に至るまでを一貫して担当する大臣を作ってほしいですね」
大田健・複十字病院病院長「メッセンジャーRNAは不安定ですが、それに対してDNAは安定性があります。そのため、体内に止まって悪い作用を発揮し続けるような心配はないのでしょうか」
森下「DNAは体外では安定していますが、体内に入るとそうではありません。細胞内には分解する酵素があるため、すぐに壊されてしまうのです。メッセンジャーRNAが体内に存在するのはだいたい1週間ですが、DNAワクチンを投与した場合も、だいたい3週間でDNAは壊されてしまいます。また、細胞の核には入りますが、ゲノムに入るわけではありません。一方、ワクチンの保存期間は、RNAワクチンは半年ですが、我々が既に発売しているDNAを使った薬剤は、5年以上の保存期間があります。こうした点から、DNAワクチンは備蓄するのに適していると言えます」
橋本瑞彦・ブリッジブックグローバル代表「現在日本で接種が進んでいるRNAワクチンは、副反応がかなり出ています。その点、DNAワクチンは副反応が少なく、安全性の点で優れているのではなかと思うのですが、どうでしょうか。また、治療薬の開発はどのような状況でしょうか」
森下「現在の感染状況を考えると、ファイザー社かモデルナ社のワクチンを、出来るだけ早く使う事が大事だと思います。ただ、3回目、4回目の接種となると、データが出てこないと明確な事は分かりませんが、副反応がかなり出る可能性はあります。例えば39℃くらいの発熱が30〜40%の人に出るとなると、接種を受ける人が減ってしまう事も十分に考えられます。医療従事者の中にも、もう受けたくないと言っている人がいるくらいです。ワクチンは多くの人が受ける事が重要で、有効率が100%のワクチンを50%の人が打つのより、有効率が75%のワクチンでも、100%の人が打った方が、全体としての効果は高くなります。こうした点について、厚生労働省がどう考えるかが問題です。有効性で見劣りしても、副反応が少なく、多くの人が打つワクチンの方が有効な場合があります。そうした総合的な判断が出来るか、という問題があると思います。治療薬に関しては、新型コロナの特効薬的な薬で、臨床試験段階に入っているものが2つほどあります。これまで使われていた薬は、他の病気に対する薬の流用が多かったのですが、これは新型コロナの治療薬として開発された薬です。ただ、ウイルスに変異が起きているので、変異株に対しても効果があるかどうかが問題だろうと思います」
本間之夫・日本赤十字社医療センター院長「いろいろな種類のワクチン開発が進められています。不活化ワクチン、組み替えタンパクワクチン、RNAワクチン、DNAワクチン。それ以外にも新しく開発されているワクチンはあるのですか」
森下「基本的には4種類に分類されています。不活化ワクチン、組み替えタンパクワクチン、RNAワクチンやDNAワクチンを含む核酸ワクチン、それからアストラゼネカ社のワクチンのようなウイルスベクターワクチンですね。現在、ワクチン開発で困っているのは、発症を見る大規模な試験がどこの国でも出来ない事です。ワクチンが普及し始めたので、治験に入った人でも、接種の順番が来てどんどん脱落してしまいます。つまり、被験者がいないのです。厚生労働省は、既存のワクチンと比較する試験を行うのはどうかと言っていますが、これだと抗体量しか見る事が出来ないので、正確な比較になりません。また、ワクチンが足りない状況なのに、比較対象のワクチンを誰が提供してくれるのか、という問題があります」
本間「ぜんぜん無害なウイルスを感染させて、それによって新型コロナの感染を抑えるような事は全く可能性がありませんか」
森下「新型コロナではない他のコロナウイルスに感染した場合、細胞性免疫が残るので、その可能性もゼロではありません。しかし、細胞性免疫だけでは弱いので、それだけでは抑えられないでしょう。それから、構造も結構違うので、実際は難しいと思います。一番近いのがSARSのコロナウイルスですが、やはり交差性は弱いので、現実としては難しいという事になります」
尾尻「アメリカでは、1・2相試験の結果が出る前に3相試験を行ったという話がありました。1・2相の結果が出る前に、どうして3相に進む事が出来るのですか」
森下「ワクチンの1・2相試験は、治療効果を見て次相に進んでいるわけではありません。安全性を主に見ているわけです。きちんとデータがまとまっていなくても、安全かどうかは、接種して1カ月もあれば分かります。その段階で危険性がないのであれば、効果を検証する第3相試験に進む事が出来るわけです。ただし、彼らは第3相試験を実施するのに、100億円近い金額を投じています。効かないという結果が出るかもしれない試験に、100億円を投じるという決断が出来た事がすごいと思います」
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