日本の医療の未来を考える会

第77回 人口減少時代での高齢者支援とは 法律家との連携や役割分担も必要(放送大学客員教授 栃本一三郎氏)

第77回 人口減少時代での高齢者支援とは 法律家との連携や役割分担も必要(放送大学客員教授 栃本一三郎氏)
2040年には日本は「超高齢社会」に突入する。政府も少子化のスピードを落とす為、子育て支援の充実を打ち出しているが、出生率の向上を目指すという目標を掲げても、その投入された支出に対して見合った政策効果は見込まれないとの指摘も有る。一方で、超高齢社会で大きな課題の1つが独り暮らし高齢者の生活支援や身元保証だ。身寄りの無い単身高齢者の支援の為にどの様な仕組みが必要なのか、政策研究大学院大学客員教授や参議院厚生労働委員会調査室客員調査員、厚生省行政官等を経験し、社会保障の問題に詳しく、厚生労働省の身元保証制度に関する調査にも携わった放送大学客員教授の栃本一三郎氏に講演して頂いた。

挨拶

原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士)本日はこの定例会の前に、日本介護事業連合会と合同で分科会を開催し、高齢化社会に於ける介護、医療、更には法律問題等について勉強しました。この分科会を踏まえて、栃本先生に講演して頂きますが、様々な角度から身元保証や生活支援サービスの課題について切り込んで頂けると期待しています。

三ッ林 裕巳氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院議員、元内閣府副大臣)第8次医療計画が始まり、2040年に向けて地域医療構想の議論も進んでいますが、一人暮らしの高齢者の方々にどの様な安心感を与えられるのかが課題の1つです。自民党は今、加藤勝信・前厚生労働大臣が会長を務める社会保障制度調査会で議論を進めています。医療に携わる方々や医療・福祉に関わる企業の皆さんからも知恵を頂きたいと思っています。

東 国幹氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(衆議院議員)一人暮らしの高齢者数は今後も増加が見込まれ、我々は今から対策を打ち、10年後20年後を見据えて制度設計を進めて行かなければなりません。成年後見制度も長く運用されていますが、まだまだ課題も多い。私は国会の法務委員会に所属していますが、簡単には解決策が見つからないのが実情です。現場の皆様からも提言等を頂きたいと思っています。

和田 政宗氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団メンバー(参議院議員)日本をもう1度世界の中心で輝かせる為、人口減少に歯止めを掛けなければなりません。人口規模は経済力に繋がり、国防力でもあります。私は1子生まれたら1000万円を給付すべきだと主張していますが、賛同者も増えています。こうした思い切った施策を打たなければ、人口は増えません。又、今後の高齢者の増加にも、しっかり備える必要が有ります。

尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)栃本先生は元上智大学教授で、厚生労働省の研究員も務められました。『集中』3月号の取材では、高齢社会に於ける医療介護等の問題について1つ1つ丁寧に解説をして頂きました。日本は超高齢社会に差し掛かりましたが、ここ十数年で様々な問題が出て来ています。本日は皆さんと一緒に課題解決に向け勉強して行きたいと思います。

講演採録

■社会の変化を踏まえたサービスが必要

一般的に人口減は出生数の低下によってもたらされると言われますが、日本の場合は或る時期から多くの高齢者が亡くなる事で起こります。そこで、高齢者の大量死と死に至る迄の時期に生ずる認知機能の低下や、出来る事が少なくなって行く中で、その時期をどう支え得るかという問題が大切になります。今日はその事をお話ししましょう。

2043年になると65歳以上の人口がピークを迎え、全人口の4割近くを占める「2043年問題」が懸念されていますが、それは単に数の問題です。高齢者が社会を支えるという方向に発想を切り替えれば良いだけです。この発想の転換無しには、人口減少社会から安定的で適度な人口ピラミッドを形成する恒常化社会に移行して行く事は出来ません。今、恒常化が進んでいるのは過疎地です。恒常化が進み、安定的な社会になれば、適度に出生率も上がります。

いずれ、日本全体も恒常化社会に移行する筈ですが、その時に日本はアジアの中で存在感のある国でなくてはなりません。中国の様に、豊かになる前に高齢化が進んだ国と違い、日本は高齢化が進む前に豊かになった国です。国民も勤勉で規範意識も高い。又、日本の強さは民間の強さです。大企業だけでなく中小企業もしっかりしている。人口が減少しても、これ迄蓄積して来た資本は大きい。その資本を人口減少社会の中でどう活用するかに掛かっていると思います。

ここで言う資本とは、経済資本、金融資本だけでなく、文化資本や社会関係資本を含めたものです。特に人口減少社会の身元保証や生活支援サービスを考えた場合、文化資本や社会関係資本は非常に重要であり、それらの無い社会にいくらお金を投資しても意味が無い。砂漠に水を撒く様に直ぐに消えてしまいます。お金を投入して効果が出るのは、安全で、住民同士の信頼関係が有る地域です。例えば治安の悪い地域に警察官を大量に投入しても、直ぐには安全にならない。しかし、住民同士の信頼が有れば僅かな数の警察官でも安全を保てます。

身元保証や生活支援サービスを考える際には幾つかの留意点が有ります。1つは家族を3世代で考える事です。80代、90代の人の子供は60代と高齢世代に差し掛かり、孫の世代が勤労世代となります。長寿化により、家族間の関係性や機能も変わって行き、これ迄は親の介護は子供が担うものだとされて来ましたが、今後は3世代の間で社会保障以外の所をどうしようか、お互いに考えなければなりません。勿論3世代で世帯を形成出来ない家庭も有り、そこは無視出来無いのですが、だからといって「家族はもう関係無い」とか「個人社会だから」という事にはなりません。やはり人生の最期に、例え実際には居なくても家族の事を想う人は多いのです。身元保証や生活支援サービスも、家族との関係で必ず直面します。そしてもう1つのポイントは、都市圏と地方圏の両立です。地方圏の放棄は生態系を破壊する為、都市の住民にも影響を及ぼします。地域社会には、人が住んだり時々人が手を加えたりするという事が必要です。人が住まない所は地域社会とは言いません。2拠点居住の常態化も必要です。ふるさと納税ばかりではなく、総務省が提唱する「関係人口」を増やす事も重要でしょう。総務省や経済産業省は日本版CCRCといった高齢者向けの生活共同体やコンパクトシティを提唱していますが、それを進めると、重要なインフラを放棄してそれ迄人が住んでいた地域を荒廃させてしまう。新たな公共事業が増え、民間には一時的にビジネスチャンスとなりますが後が大変です。限界集落が消失し、その土地が荒廃しては社会的に良くない。この点は重要です。

又、ソーシャルディスタンスも重要な留意点です。新型コロナの感染拡大を防ぐ為に「ソーシャルディスタンスが大切だ」とよく言われましたが、この言葉は元々社会学用語で、本来は人と人の社会的距離の事です。社会的距離は夫婦や血縁関係で決まるとは限りません。夫婦以上に何でも相談出来、信頼が置ける人がいるというケースも有ります。実際、生活支援の現場では「自分が死んだら、妻も知らない人だけど、この人には絶対に連絡して欲しい」と依頼される事も有る。「大切な事は妻や家族にだけ話せばいい」という訳には行かない事が、実際にはよく有るのです。

もう1つは知能機能のエイジングです。記憶力や認知機能、知能は加齢によって一律に衰えるものではありません。1960年代には、知能は青年期迄に発達し高齢期になると失われて行くと考えられていましたが、最近はそれが誤りだという事が分かって来ました。物忘れが有っても、洞察力や理解力といった結晶性知能が、暗記力や直観力等の流動性知能の衰えを補うという事も有ります。記憶や認知機能、知恵等と加齢の関係の研究も進んでいます。身元保証や成年後見の現場でも、記憶力や認知機能に関する最新の研究を知っておく事が必要でしょう。短期記憶障がいが有るからといって全体的な判断力が無いとシンプルに考え、決定権を奪う事は間違いです。

■利用者保護が最も重要な課題

日本の国勢調査の結果を見れば、「お一人様」が増加して行く事は明らかでしたが、孤独対策は取られて来なかった。この為、世界で2番目に孤独・孤立対策担当大臣を置いた訳ですが、世界で初めて担当大臣を置いた英国では、NHS(国民保健サービス)の中で、GP(総合診療医)とリンクワーカーを繋げる様な具体的な対策と指標化を進めています。2025年から40年迄の日本人の1人暮らしの推計の推移を見ると、男性の1人暮らしが女性1人暮らしよりも伸びが著しいと予測されます。離婚したり結婚しなかったりして1人暮らしになる高齢者も一定数いる訳ですが、離婚した人や未婚の人の場合、連絡を取れる親族が殆どいないというケースが多い。これらの事からも、身元保証や生活支援サービスが無いと困るという人が一層増えて行く事が予想されます。

身元保証サービスといっても、解決しなければならない課題や本人の意思によって必要な手段は異なりますし、関与出来る人も異なります。課題としては、「自立した生活の継続の危機を感じる」といった状態から、「自立した生活が危うくなっている」「重大な医療処置を受ける」等といった段階が有り、最後は「死亡が予見される」という状態になり、その後に死後事務に関する意向表明と手続き、その他の始末という事になります。各段階によって、本人が意思決定しなければならない事が異なり、関与出来る人やその範囲も異なります。

介護等のケアについては、介護保険のケアマネジャーや医療ソーシャルワーカー(MSW)で対応出来ますが、金銭に関わる事や身上監護であれば、法律の専門家や身元保証のサービス業者等の力も必要になります。又、家族や親族がどの様に関わって来るかによっても対応は変わります。成年後見制度は、本人の判断能力に応じて「後見」「保佐」「補助」の3類型に分けられますが、何れも一度決まったら簡単に変える事が出来ない。そうした制度で3つに分けても意味が無い気がします。

後見事務には財産管理と生活・療養看護の2つが有ります。生活・療養看護は一般的には身上監護、身上保護と呼ばれます。後見事務では、本人の心身や生活の状況への配慮が求められているのですが、事実行為は含まれません。すると、身の回りの世話や家事の手伝いをして欲しい、生活の相談に乗って欲しいと思っても、やって貰えないという事になる。この為、生活支援サービスや身元保証制度が必要になる訳です。身元保証というのは、入院する時の保証人になるというだけではありません。例えば、手術の説明を受ける時に、1人では不安なので一緒に来て貰うといった事も含まれます。同席者は専門家である必要は無く、極端な話、病院に居合わせた人に頼んで同席して貰う事も構いません。お一人様といっても、天涯孤独の人に限りません。子供が海外で暮らしている為、何か有っても対応して貰える人がいないというケースや、経済的な不安を抱えているという人が増えているのも現実です。

一方、成年後見制度の最大の問題点は、本人本位でもなければ利用者保護にもなっていないという事です。その点は国も見直しを検討しています。課題の1つとして、遺産分割等、目的だった課題が解決しても成年後見制度の適用を止められない事が挙げられます。例えば、生きている間に遺産分割の問題を解決しようと成年後見の適用を受けたら、問題を解決した後も適用はそのままです。すると、自己決定権が必要以上に制限され続ける事になり兼ねない。この為、後見人の包括的な取消権や代理権に関するルールが議論されています。

又、本人の状況の変化に応じた後見人の交代が、事実上許されない状態になっている事への見直しも検討されています。任意後見制度では、本人の判断能力が低下した後も適切な時期に後見監督人の選任を申し立てがなされず任意後見契約の効力が発揮されないという問題が生じています。これについては選任申し立てを義務付ける仕組みや、申立権者の見直しが検討されています。現在、任意後見の年間契約件数は1万件を超えています。しかし、実際に契約の効力が生じた件数が非常に少ない。それだけに任意後見をどの様に適切な形にするかが求められています。大変重要な事が隠れた形になっています。

■事業者の規制ではなく育成を主眼に

身元保証というのは、日本では江戸時代から有ります。日本の社会がそもそも身元保証を求められる社会であり、病院への入院時、治療計画やケアの計画をどうするかという時にも必要とされます。現実問題として身元保証人がいないと、家を借りたり福祉施設等に入所したりする事が出来ません。国は保証人がいないという理由だけで断ってはいけないと言ってはいますが、「然るべき理由が有る場合は断っていい」としているので、実質、断っても良いという事になっています。日本弁護士連合会は、こうした身元保証の廃止を求めています。

海外の制度を見ると、ドイツには「世話人」の制度が有り、イギリスには自己決定を支援する仕組みが有ります。イギリスでは05年に意思能力法が施行され、独立意思代弁人という専門職が設けられました。この代弁人は、「意思決定能力存在の推定」「最善の利益の確保の原則」等の諸原則に基づいて意思決定に関与します。この中には「最小の制限」という原則も有り、本人の意思の制限は最小でなくてはならないとされます。大きな特徴は「愚行権」を保障している事で、「賢明でない様に思われる意思決定の権利」を認めた事です。

人間は時には愚かな判断もしますが、それも認められなければならない。高みに立って「それは間違っている」と言いたくなる事もありますが、そうした愚かな判断も尊重して行かなければ、本当の自己決定支援にはならないという事です。福祉に携わっている人の中には、ここを誤解している人が少なくない。「こうしていいですか」と尋ねて、相手が「いいです」と答えたら自己決定支援をしたと思っている人がいますが、そうした単純なものでは有りません。中には、自分達が決められるのだと勘違いしている人がいますが、それは大きな間違いです。

自己意思決定支援のガイドライン等も設けられていますので、特に成年後見に関わる人は、自己決定支援について、知識やスキルを身に付けて頂きたいと思います。特に成年後見制度では、医療的侵襲については代理権が無く本人に代わって同意する事は出来ません。ドイツの世話人制度では認められていますが、日本では認められません。

医療の将来像について、病院完結型から地域完結型への医療の転換が必要だとよく言われます。人口減少時代では、地域の医療機関のクロージングも重要だと言われますが、医療機関を存続させる事も地域社会の活性化には欠かせません。「治し支える医療」の実現には、医師だけでなく、ソーシャルワーカーや訪問看護師、ケアワーカー、その他法律の専門家の協力が必要です。その上で身元保証や生活支援サービスに加え成年後見、任意後見の仕組みを活用する。介護保険制度だけでは全てを満たせない事をよく認識して、余計な規制をするのではなく、民間事業者、専門人材による、又テクノロジーによるイノベーションの可能性を考えて行った方が、遥かに良い。その意味では、がんじがらめになってしまい民間の自主性や現場のイノベーションを起させない官製イノベーションを強要する介護保険に、対の細かな規制も含めて規制緩和・改革が求められます。そうでないと、本来目指した介護保険制度の導入によるイノベーションや社会の変革が出来なくなります。全てを公的なサービスで賄う事は困難で、生活支援サービスや身元保証も民間に頼らざるを得ません。

元々こういう仕組みは、必要に迫られて司法書士やソーシャルワーカーらが作り上げたもので、行政が組み立てたものではありません。後から行政が上から完全にコントロールしようとするのは良い方向とは言えません。

ガイドライン等の整備や登録制の導入は必要ですが、何よりも必要に迫られて始まった仕組みなのですから、より発展して行く様に育成して行く事が求められます。又、法曹専門家の役割も重要です。都道府県の弁護士会との連携も消費者保護の観点から言っても重要でしょう。それが無いと、行政が規制という形でコントロールしようとし始める。それはお一人様にとって決してプラスにはならないと思います。

質疑応答

佐野晴美・一般社団法人神奈川県医療ソーシャルワーカー協会会長 成年後見制度で3類型が一度決まったら変えられない事については、難しい問題だと思います。現場でも病気等で意識を一時的に失ってしまっている状態で回復する可能性が有る時に、3類型のどれかに当て嵌める事に躊躇を感じ、成年後見制度の利用を、何時どの様に勧めるのか悩む事が有ります。現状の制度の中で、どう考えれば良いのでしょうか。

栃本 色々な対応が有るのですが、福祉や援助の分野でもトリアージが必要です。福祉に携わる人が頑張っていても、全てを抱え込んで疲弊してしまっては利用者のプラスにはならない。課題を仕分けして、様々な職種の人が協議して進めていく事が必要です。日本総研が、身元保証人を引き受けてくれる親族等の支援者がいなかった為に支援が難しかった事例を134例収集して報告書に纏めています。是非そちらを参考にして頂きたいと思います。又、弁護士を積極的に活用する事も必要です。消費者保護の観点からも、地域の法律相談を担う弁護士が果たす役割は大きい。成年後見や身元保証を進めるに当たって弁護士に相談して頂きたいし、地域の弁護士会も積極的に関わって欲しいと思います。

原田 コロナ禍で広まった「ソーシャルディスタンス」という言葉は、人との間で物理的な距離を確保する事が本来の意味ではなく、社会的な人との関係の事を表すのだという事を本日の講演で教わりました。高齢化社会の中では、そうした人間関係の近さが重要になるのだと改めて感じました。

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