
原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士)米国でトランプ大統領が就任しましたが、強気な発言や振る舞いに反発も多い様です。就任式で私の印象に残ったのは、彼が「これから黄金の時代が始まる」と言った事で、未だ始まったばかりの初日に、日本人なら「黄金の時代」とは中々言えません。しかし、日本の政治家もそれ位の気概と責任を持って行動する事も必要ではないかと感じました。
三ッ林 裕巳氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(前衆議院議員、元内閣府副大臣)私も医療現場で危機管理が必要な場面に度々遭遇しましたが、患者の目線に立つ事が必要だと身を以て感じました。危機の時こそ、しっかりとメディアに対応し、正しい情報を発信する事が医療機関を守る事に繋がるのだと思います。又、最近、薬が医療現場に届いていないとの話を聞きます。日本の社会保障の基盤を安定させる為にも対策が必要です。
東 国幹氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院議員、財務大臣政務官)来年度予算の政府原案では社会保障費が38兆円を超え、国債償還費や地方交付税交付金等を除く一般歳出68兆円の半分以上の規模になりました。多くの国民の健康と生命を保障する為の予算でもあり、今年度末迄の可決に向けてしっかり議論して行きたいと考えています。危機管理については、広く社会に向けて何を語るのかが問われるのだと思います。
尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)情報誌『選択』で故・佐々淳行氏が1980年頃から「危機管理のノウハウ」という連載をしていました。連載は約20年続き、出版されると約100万部のヒットとなりましたが、この頃から危機管理という言葉が広まった気がします。東京女子医科大学やフジテレビが世間から批判を浴びていますが、正に危機管理が欠如していたのではないかと思います。
講演採録
■説明責任を果たし信頼失墜を防ぐ
組織に於ける危機管理では、既に起こってしまった事にどう対応するのか、経営陣の判断力と行動力が問われます。時には勇気も必要です。一方、リスクマネジメントという言葉も有りますが、これは未だ起きていない段階からの準備を含めた対応の事で、組織側には想像力が求められます。
多くの日本人は、最悪の事態を想像して訓練する事を苦手にしています。又、組織として危機管理マニュアルを作成していても、トップの不祥事を想定したマニュアルは作成していない事が多い。この為、幹部クラスの不祥事が起きた際に適切に対応出来ない企業が多く、最近ではフジテレビが対応を大きく誤りました。
不祥事等の問題が起きたら、現実に向き合い、ダメージを最小限に抑えられる様に事態をコントロールする事が重要です。その為には、損害を極力抑える為の広報活動「クライシスコミュニケーション」が必要です。これは、関係者に対し適切に説明責任を果たし、誤解や信頼失墜を防ぐ事です。
例えば、フジテレビは企業がCMを引き上げる等大変な事態に陥っていますが、これは最初の記者会見の内容が全く説明になっていなかったからです。事案が発生した後の最初の記者会見やコメントで失敗すると、事態は更に悪化します。批判の矛先も、発生した事案よりも、対応の在り方に向かって行き、「やった事も悪いが、会社の対応が最悪だ」となって行きます。
組織の中に於ける「広報機能」とは、「パブリックリレーションズ」で、相手からの理解と信頼、好感を得る活動です。問題の発生時、全てをロジカルに説明する事は難しく、特に、将来を左右する分岐点ともなるクライシスの際には、対外的に公表出来ない事も有ります。しかし、そうした場合でも、相手に「この人は信頼出来そうだ」といった印象を与える事が重要であり、ここで事案に真摯に向き合う姿勢が問われます。
今回のフジテレビの様に、信頼を失い兼ねない事態に陥らない為の初動の3原則が有ります。
1つ目は、「被害者が誰なのか、知るべきは誰なのか、ステークホルダーを明確にする事」です。被害者の存在を曖昧にしたまま対応を続けて行くと、最後は会社側が被害者意識を持ってしまう事が有ります。例えば、経営トップから「どうして、自分がこんな目に遭わなければならないのか」等の被害者意識が透けてしまうと、本当の被害者が見えなくなってしまいます。更に、フジテレビでは記者会見の内容が批判されていますが、記者会見はただ目の前にいる報道機関の記者に説明すれば良いというものではありません。報道機関を通して、会社のステークホルダーに説明をするという意識が必要です。記者会見を開けば効率的にステークホルダーへメッセージを発信出来る。それが記者会見を行う意味です。
2つ目に必要なのは、「広報方針を決める事」です。記者会見は、何を守るのか、何の為に行うのかという事を明確にしないと失敗を犯します。フジテレビの場合で言えば、1月17日の会見は、何を守ろうとしているのか分からないまま記者会見に臨んでしまった印象を与えました。恐らく、自社を守ろうという意識が働いてしまったのでしょう。テレビ各局は動画の撮影が出来ず、新聞社や通信社以外の媒体の記者は質問も許可されませんでした。その様な情報統制をしては、記者会見の意味が有りません。
3つ目は「ポジションペーパーを作成する事」です。「ポジションペーパー」とは、プレスリリースや見解書等とも言いますが、事案を時系列に説明したり、原因や再発防止策等を説明したりする文書です。対外的に発表する前の段階でも、組織内で共有文書を纏めておけば、情報の整理にも繋がりますし、自分達のメッセージが明確になります。
その上でポジションペーパーを会見時に配布すれば、誤解の軽減に繋がり、事実関係等への質問も最小限に出来るでしょう。又、文書が無い場合、どうしても会見時間が長くなる傾向が有ります。これ迄私が知っている一番長い会見は医療機関の会見で9時間でした。組織が事前に情報を取り纏めていなかった為、質疑応答が行ったり来たりし、中々話が進みませんでした。ポジションペーパーを用意していれば、ここ迄時間は掛からなかったと思います。
加えて、「危機管理対策本部」等の対策チームも必要です。ステークホルダーとなり得る人達を全て洗い出し、誰が誰を担当するのかを決め、広報方針を作成します。この時に大切なのは、組織としてどの様な方針で問題に向き合って行くかを決める事です。
■目的を明確にし、被害者目線で
「事態を悪化させてしまう記者会見」と「信頼回復に繋がる記者会見」には、それぞれポイントが有ります。それらを具体例と共に解説します。
事態を悪化させてしまう会見の多くは、被害者目線が欠如しています。誰に何を伝えたいのか不明で、何を謝罪しているのか分からない。又、記者からの追及に逆ギレしてしまう会見も見受けられます。その場にいない社員や職員を批判する、調査もしていないのに「事実無根」と断言してしまうのもいけません。嘘を吐く、言語と非言語(姿勢や振る舞い、表情、服装等)が一致していないというケースも有ります。
中古車販売の旧ビッグモーターの保険金不正請求の問題では、ゴルフボールを用いて故意に損傷箇所を広げて水増し請求を行った事案に対し、社長が「ゴルフを愛する人への冒涜だ」と発言しました。被害者の事を全く考えていない会見でした。
東京五輪では、当時、大会組織委員会の会長だった森喜朗元首相が「女性が多い会議は時間が掛かる」と発言して辞任に追い込まれました。これも適切に謝罪すれば済む問題でしたが、謝り方を間違えてしまい、鎮静化出来ませんでした。森元首相は失言が多い。人が好くて話が面白い人は、つい失言してしまう傾向が有り、あまりスポークスマンには向いていません。
そして、森元首相の謝罪会見では、会見で必要な要素が全く含まれていませんでした。先ず「語った事の詳細は言わない」と言ってしまった。しかし、これでは事実と向き合っていない様にも受け止められてしまいます。又、当日の森元首相は、赤と白のストライプのネクタイをしていました。しかし、日本に於いて紅白は祝い事の色で、謝罪会見で着用するのに相応しい色ではありません。人は服装等で、相手の態度を判断します。発言内容と非言語の部分を一致させる事も重要です。
兵庫県の齋藤元彦知事も、初期対応で失敗しました。県職員による告発が騒動の切っ掛けでしたが、告発の内容自体は大したものではありませんでした。問題だったのは、齋藤知事は告発者探しをして会見で部下を罵倒した事です。
告発が有った時に、最初にしなければならないのは事実確認です。公益通報者保護法の問題の前に、事実に基づいて対応するのがリーダーとして在るべき姿でしょう。しかし、齋藤知事は誹謗中傷だと決め付け、公の場で「公務員失格」と迄言ってしまいました。これでは公開パワハラです。この会見が、その後の報道の流れを決めてしまったと言っても過言ではないでしょう。
タレントの松本人志さんの問題では、週刊誌報道の翌日、吉本興業が十分な調査もせずに「事実に反する」と発表してしまいました。1カ月後には、調査をせずに「事実無根」と発表した事そのものを反省する見解書を発表しました。
2023年に宝塚歌劇団の団員が上級生からのハラスメントを苦に自殺した問題でも、歌劇団の対応に問題が有りました。遺族側が会見でハラスメントを訴えた際に、理事長らは「パワハラは無い」と断言し、「証拠を見せて欲しい」と言ってしまった。恐らく対応を弁護士任せにして、遺族には会っていなかったのでしょう。しかも、新聞社の取材に「第三者委員会」を設置すると答えていたのに、実際は設置していなかった。こうした嘘はダメージを深めます。
会見を信頼回復の第一歩にするには、被害者目線に立つ事が基本です。そして、言語と非言語を一致させる。一方で攻撃的な質問等には、毅然とした態度を取る事も重要です。
良い記者会見の一例に、旧リクルートキャリアの会見を挙げます。これは、サービスを利用した学生の「内定辞退可能性スコア」を企業に提供していた事が問題になりましたが、会見で社長は、一貫して「自分が学生だったら嫌だ」と答え続けました。法的な問題についての回答を避け、利用者である学生の目線を貫き通したのは見事な対応でした。
もう1つは、日本大学のアメリカンフットボール部の悪質タックル問題での、学生本人の謝罪会見です。記者は監督やコーチからの指示について問いましたが、彼は「僕がした事が悪い」と答え続けました。何故なら、会見を開いた理由は、相手選手やチームへの謝罪だったからです。未だ20歳なのに素晴らしい会見でした。
又、客に店の醤油瓶を舐める動画を投稿されたスシローは、当初、対象店舗や対応を公表して、「刑事、民事の両面から厳正に対処する」と発表しました。これは、噂や憶測を防ぐのが目的でしょう。その後、投稿した高校生の身元が判明し、学校にも抗議が殺到する騒ぎになった為、スシローは関係者への「直接的な危害となるような言動」を止める様訴え、本人から謝罪を受けた事を公表しました。この対応も対話型で非常に良かったと思います。
■日頃から危機に備えた準備を
マスコミには国民の知る権利に奉仕するという使命が有り、専門的な内容も分かり易く伝えます。ですから、情報の発信手段として上手に付き合う事が必要です。又、取材源の秘匿は報道機関の権利ですから、彼らは取材源を大切にします。記者も人間ですから、取材源に対しては筆が鈍るといった事も有ります。リスクマネジメントの1つとして、良好な関係を築いておく事も必要だと思います。
そのマスコミへの対応方法ですが、先ずは情報を提供する事が基本です。自分達の立場を理解して貰う為に情報を出すのです。緊急時には個別にではなく、記者会見を開いて公平に情報を提供する事が大切です。そうすれば、担当者の負担も減りますし、情報の内容が均一化されます。マスコミの情報に誤報が有った場合は、担当記者と交渉するか、自分達のウェブサイトで「この記事は誤報です」と発信すると良いでしょう。
記者の質問内容は、事実か否か、事実を知ってからの経緯、今後の対策はどうするのか等、殆ど決まっています。又、質問の手法も幾つか有り、そうした事を前提に準備やトレーニングをしておけば、余裕を持って対応する事が出来ます。特に大切なのは、質問に対して間を取る事です。質問に直ぐ回答するのではなく、答え難い時は水を飲んだり、「もう1回質問して下さい」と言ったりして時間を作る。そうすれば、考えを纏める事が出来、失言を防げます。
相手の信頼を得るには服装や表情、立ち居振る舞い等の外見、非言語的コミュニケーションが重要です。表情で言えば、目線を上げればアピール力が高まりますし、ジャケットのボタンを留めて、ネクタイをきっちり締めれば、誠実な姿勢が伝わります。歩き方も、背筋を伸ばして歩けば、信頼感が高まります。
危機が発生した際、企業が受けるダメージを少しでも和らげるには、普段から小さなクライシスコミュニケーションを重ねておく事が必要です。日々、小さなトラブルは発生しています。そこで真摯に対応する姿勢を常に見直し、社内外に対してダメージコントロールを重ねておく事で、組織の対応力が高まり、組織風土の改革にも繋がります。
質疑応答
尾尻 メディアに事実と異なる記事を書かれた時、名誉毀損の裁判を起こすケースが有りますが、医療機関の場合も同様でしょうか。
石川 訴えた方が良いかどうかはケース・バイ・ケースです。メディアは裁判には慣れており、訴訟をする事が得策かどうかも考える必要が有ります。ただ、事実と異なる記事を書かれて黙っている事は良い事ではなく、主張すべきは主張するという姿勢は大切です。裁判でなくても、記者会見を開いたり文書を発表したりと、主張の方法は様々に有ります。自分達の主張は明確にすべきだと思います。
織本健司 医療法人社団健齢会ふれあい東戸塚ホスピタル 病院長 コロナ禍では、集団感染を引き起こして批判を浴びた医療機関も有りました。そうした事で信頼を失った場合、信頼回復の為にはどの様な事を、どの位の期間続けなくてはならないのでしょうか。又、医師が会見を開く際に白衣を着用するのは、作業着で会見する様なもので、背広を着用すべきだとの声も聞くのですが、白衣姿は望ましくないのでしょうか。
石川 事案にもよりますが、集団感染の様な事案であれば、先ず事実関係を明確にして、自分達がどの様な対応をして来たのかを正直に説明すべきだと思います。黙っていれば、何も対策を講じて来なかったかの様に取られます。又、組織として対外的に発信を続ける事は、病院で働くスタッフの安心感にも繋がります。期間としては、通常1週間から1カ月位を目安に発信を続けます。服装については医師の立場として会見するのであれば白衣で構いませんが、組織の代表として会見に臨むのであれば、スーツの方が望ましいでしょう。
髙野覚 医療法人社団明雄会本庄児玉病院理事長・院長 危機的事案の際、初期対応としては「調査中です」と言い、断定的な事は言わない方が良いのでしょうか。又、弁護士に相談する事は重要でしょうか。
石川 本当に調査しているのなら「調査中です」で良いのですが、調査をせずに「調査中」と言うと嘘を吐いた事になります。先ずは初期対応で何をしたのかが問われます。弁護士に法的な判断を仰ぐ事は必要ですが、弁護士に頼り過ぎて判断を誤る事も有る。弁護士は法律の専門家ですが、信頼回復のプロではありません。弁護士は基本的に何も言わない方が良いとアドバイスをする事が多いのですが、信頼を回復し、組織や働くスタッフを守る為に、メッセージを発信しなければならない事も有ります。何を大切にするかは、トップの判断です。
本間之夫 日本赤十字社医療センター名誉院長 マスコミは誤報をする事が有るので、その不信感からマスコミに情報発信しようという気持ちに中々なれない場合も有ると思います。
石川 メディアにも広く情報を伝えるという役割が有る為、そうした機能を上手く使った方が良く、信頼出来る記者やメディアと付き合う事も必要です。その意味で、マスコミとは緊張感を持ちながら付き合って行けば良いのではないかと思います。もし誤報が有った場合は、自分達のホームページ等を使って「報道は間違いだ」と発信する事も必要です。
宮本隆司 社会福祉法人児玉新生会児玉経堂病院 病院長 SNS等の口コミで悪い評判を書かれた時の良い対処法は無いでしょうか。又、パワハラやセクハラ等に関する訴えが有った時に備え、職場での会話を録音しても問題は無いでしょうか。
石川 ネットに出た悪い情報を消すのは非常に難しい。そうしたネガティブな情報には、ホームページで良い情報を数多く発信する等、ポジティブな情報で対抗するのが有効だと思います。プレスリリースを頻繁に出すのも効果が有ります。こうした自分自身で発信した情報は、ネット検索でも必ず上位に来ます。YouTubeの動画もそうですが、そうして自ら良い情報を発信する事は組織を守る事にも繋がります。録音については、法的な問題は専門外ですが、その前にパワハラやセクハラを許さないという組織を作って行く事が大切だと思います。
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