
左:松本 晴樹氏(厚生労働省 医政局地域医療計画課 医療安全推進・医務指導室長)
右:俵 幸嗣氏(文部科学省 高等教育局 医学教育課長)
挨拶
原田 義昭氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(元環境大臣、弁護士):昨年4月から、医師にも時間外労働の上限規制が適用される所謂「医師の働き方改革」が始まった。長時間労働を放置する事は出来ないが、その一方、医師の人手不足や労務管理費の増加で、多くの大学病院が赤字となる見通しだ。現在、国は大学病院を始めとする特定機能病院の在り方について検討しているが、大学病院の役割や経営について、どの様に考えているのだろうか。2月26日の第85回「日本の医療の未来を考える会」では、厚生労働省医政局地域医療計画課医療安全推進・医務指導室長の松本晴樹氏と文部科学省高等教育局医学教育課長の俵幸嗣氏に、大学病院を取り巻く現状と課題について講演して頂いた。
三ッ林 裕巳氏 「日本の医療の未来を考える会」最高顧問(前衆議院議員、元内閣府副大臣):物価や賃金の上昇が続く一方、診療報酬は抑えられ、全国の病院はコスト増大に収入が追い付かない状況に陥っています。多くの大学病院は特定機能病院という役割を担っていますが、これに報いる制度を構築する事が重要です。大学病院の経営が成り立たなければ、地域に医師を派遣する機能が失われてしまう事を政府は強く認識しなければなりません。
東 国幹氏 「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(衆議院議員、財務大臣政務官):国会では連日、予算の年度内成立を目指し、精力的な議論を進めています。私も財務大臣政務官として、様々な指摘や提言を受けながら対応しています。私の地元の北海道は医師が不在の地域も多く、こうした地域の住民も公平に医療が受けられる社会の実現を目指して行かなければなりません。その為には必要な予算の確保も欠かせないと思っています。
門脇 孝氏 「日本の医療の未来を考える会」医師団代表(日本医学会会長、国家公務員共済組合連合会虎の門病院 院長):日本の医療の未来を考えた時、「大学病院」は最も重要なキーワードの1つですが、その大学病院が危機的な状況にあると叫ばれています。これは我が国の医療や医学の危機でもあります。本日は大学病院の今後の在り方の他、現状の危機を如何に乗り越え、我々が求める大学病院を築き上げるにはどうすれば良いのかを考える機会にしたいと思います。
尾尻 佳津典 「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人):世界の大学ランキング1位、オックスフォード大学の副学長に会った際、彼は「ランキング1位になれば、優れた教授や学生が集まり、多くの企業から資金が集まる」と言っていました。一方、日本の大学の現状を見れば、海外から資金を集めるのは非常に難しい。大学病院が私達の健康を支えている事を考えれば、国の施策で厚く守られる事が必要です。
講演採録
■特定機能病院の承認要件の明確化を検討
講師:厚生労働省 医政局地域医療計画課 医療安全推進・医務指導室長 松本晴樹
現在、特定機能病院として承認を受けているのは全国に88病院で、その内79病院が大学病院の本院です。特定機能病院には「高度の医療の提供」「高度の医療技術の開発・評価」「高度の医療に関する研修」「高度な医療安全管理体制」の4つの役割が有り、これらの能力を有しているかどうかを個別に審査して、厚労大臣が承認しています。承認要件として病床数や人員等の数値基準が設けられていますが、大学病院本院であれば基本的に満たされる様な基準が設定されています。特定機能病院である事そのものへの補助金等は基本的には無いのですが、診療報酬では入院基本料が高く設定されています。
24年3月、特定機能病院の承認の判断を行う社会保障審議会の医療分科会から意見書が提出されました。丁度この時、埼玉医科大学国際医療センターから承認申請が出され、結局承認はされなかったのですが、これを機に承認要件の明確化を分科会から厚生労働省に求める事になったものです。
分科会からの意見書の内容には「大学附属病院は、医療の提供以外にも、医学生を含む人材の育成及び供給を行う機関としての役割や、医学の進歩に寄与する研究開発の推進の役割を求められる点で、他の医療機関とは一線を画すもの」として、求められる機能を整理すべきだとの指摘や医療技術の進歩に合わせ「高度の医療の要件」を時代に即したものに見直すべきだとの意見が有りました。嘗て先進医療と言われた治療には、現在、保険診療として広く行われる様になったものも有ります。更にがんや循環器疾患など特定の疾患に限定した「特定領域型」の特定機能病院の承認要件が必ずしも明確ではなかった事から、特定領域型の在り方を検討すべきだとも指摘されました。こうした指摘を受けて、見直しの議論を行っているのが、厚労省の医政局が設けた「特定機能病院及び地域医療支援病院のあり方に関する検討会」です。昨年の7月から特定機能病院についての議論を再開し、3回の議論を行った後、2月26日に行われた検討会では、これ迄の議論の整理を行い、その方向性は概ね了承されています。
元々の意見書に於ける指摘を紐解くと、都市部と地方の実態に違いが有り、手術数や論文数の基準を地方に合わせて設けると、都市部の規模の大きな病院にとっては一般病院であっても達成可能な基準になってしまうという事だと理解しています。又、地方では大学病院からの医師派遣や医師の育成によって地域医療が成り立っている点をどの様に評価するのかという指摘も有ります。因みに、こうした課題は日本だけのものではなく、医師の少ない地域の大学病院に国が様々な形で財政支援している国は他にも有ります。
大学の卒前・卒後教育という観点からの評価も必要ではないか、又、医療資源や患者の少ない地域では他の大学病院との連携も必要で、長期的な検討が必要ではないかといった議論もされています。或いは、大学病院の本院だから自動的に承認されるという考え方ではなく、地域の事情に沿った承認要件の設定や、教育や医療を受ける側の視点も必要だといった指摘もされています。医療提供の面で言えば、大学病院と一般病院との役割の違いや地域連携の中で医療機関としての役割を考えるべきではないか、との意見も有りました。
研修・教育や医師派遣については、医師の養成と派遣を一体的に担っているという点を評価する事が重要だとの意見も出されています。地域との連携を進めるに当たっての課題、大学病院でしか出来ない専門的な研修プログラムを提供している事への評価の必要性等も指摘されています。大学病院には医師を育てる使命が有りますから、幅広い領域での研究や、小さな研究を人材育成に繋げて行く事の重要性も示されました。
医療安全については、14年に発覚した東京女子医科大学病院や群馬大学医学部附属病院の事例を受けて新たに特定機能病院に求められる事になった取り組みも進んでいますが、今回この実施状況を調査した事を踏まえ、管理者や医療安全部門が把握しなければならない事例の基準を定めるべきではないかといった議論もされています。
■大学病院の特殊性や特性の評価を
現在、国会に医療法の改正案が提出されていますが、法改正の柱の1つに40年頃に向けた地域医療構想のバージョンアップが有ります。地域医療構想は基本的に2次医療圏である構想区域単位で進めて行きますが、新たに広域的な観点から医師の派遣や教育、診療を担い、医療提供体制を維持して行く医療機関機能を設ける事を新しい構想に盛り込みました。これを担うのは大学病院を想定しています。
大学病院本院の医療提供に於ける役割をどの様に評価するかという点については、地域で受け入れる疾患の幅広さと件数の多さを指数化した「疾患別受け入れ状況」を参照すると、大学病院が必ずしもトップではない場合が有ります。例えば脳腫瘍の手術実績では、特定機能病院以外の病院でも一定の患者を受け入れている一方、大学病院でも実績が無いか、ほぼ無い病院も有る。これについて検討会では、医療の実績の絶対値だけでは大学病院の果たしている役割の評価は出来ないという議論がされています。特定機能病院としては地域医療にとって最後の砦になる事が重要で、それは疾患別の症例数だけで評価すべきものではなく、各地域の中での役割は相対的な部分が有り、教育の問題や医師派遣との兼ね合いも重要なのではないかと指摘されています。
その医師派遣ですが、これ迄は特定機能病院の承認要件には含まれていませんでしたが、一定程度の基準を設けるべきではないかとの議論がされています。特に1県1医大の地域では、大学病院が医師少数区域に多くの医師を派遣しています。こうした体制は大学病院側にも負担が大きく、都道府県との連携・協力を踏まえた上で、医師派遣の内容をどう評価すべきかを議論しています。又、医師派遣には、医師を一度関連病院に派遣し、その後再び大学病院に戻って来るというサイクルで地方の医療水準を全体的に引き上げて行く機能も有る。これついても論点の1つです。只、医師派遣には、研究とトレードオフの関係も若干有り、特に地方では研究を重視すると医師派遣が出来ないという実情も有ります。その為、都市部と地方部では評価の基準が異なるとの議論もされています。
研究面では、地方の病院の場合、他施設との共同研究のリーダーになるのは難しいケースも有るというのが現実です。この為、多施設共同研究への貢献を行う点について、特に地方からの貢献も評価すべきだとの指摘もされています。教育の点については、現在は研修医数30人という定量的な承認要件となっていますが、地域を循環させる教育は大学にしか出来ないのではないか、都市部等ではサブスペシャリティを評価して行かなければならないのではないかといった意見が出されています。又、診療科偏在の課題を解決する為にも育成の観点は重要だとの指摘も有りました。
本日、この講演前に行われた検討会では、厚労省から、今述べた様な点を含むこれ迄の議論の整理を提示し、構成員の先生方からは概ね賛同を得ている様な状況です。主なポイントは、大学病院本院は、他の特定機能病院とは区別して、別の基準を設けるという事です。又、医師派遣機能を柱の1つに据えるという事、更に、承認要件に上乗せした発展的な基準に基づく評価も行うという事です。現在は承認要件さえクリアすれば、他にどの様な取り組みをしても特に上乗せしたものを評価する様な仕組みにはなっていません。しかし、40年頃を見据えた医療の状況の変化も踏まえて役割を果たして頂く中で、複雑で希少性の高い患者を多く受け入れているとか、教育面で県を超えた地域枠を受け入れている、競争的研究費の獲得の数が多いといった各大学の自主的な取り組みを評価する様な事も検討して行きます。
■85歳以上の人口増加や更なる人口減少に対応
地域医療構想は25年の医療需要を見据えて医療体制の整備を図るもので、14年に成立した医療介護総合確保推進法に定められスタートしました。これ迄、団塊の世代が後期高齢者になる25年を目途に医療提供体制の強化に取り組んで来ましたが、40年頃に向けた新たな地域医療構想を盛り込んだ医療法改正案が2月14日に閣議決定され、国会に提出されました。新たな地域医療構想の思想は、「地域の患者・要介護者を支えられる地域全体を俯瞰した構想」「今後の連携・再編・集約化をイメージできる医療機関機能に着目した医療提供体制の構築」「限られたマンパワーにおけるより効率的な医療提供の実現」の3点が柱です。地域の個別の病院ではなく、「地域全体を俯瞰した構想」「連携・再編・集約化をイメージできる医療機関機能に着目」というキーワードも加えました。集約化を図ると共に、マンパワーが減る中での効率化を進めて行く事も重要です。
当面の課題として、関心の高い働き方改革についても触れておきます。医師については、他の職種とは別に時間外労働の上限規制や健康確保措置が5年の経過措置が設けられていたのですが、24年4月から労働基準法の規制が適用される事になりました。一般の医療機関では年間の時間外労働の上限が960時間となりますが、医師を派遣している大学病院は「連携B」として1860時間となっている所が多いと思います。改めて医師の働き方改革は医師の長時間労働を減らす為に、しっかり労務管理を行い、健康に働ける様にするのが目標です。実際、現場では時間外勤務が減っており、救急科や総合診療科でも、他の診療科に比べれば高い水準に有りますが、確実に長時間労働をしている医師は減少しています。
■省庁の連携で大学病院を支援
講師:文部科学省 高等教育局 医学教育課長 俵幸嗣
2年前に医学教育課に着任し、大学病院の働き方改革への対応と病院経営の現状に危機感を抱きました。多くの大学病院が増収しても利益が増えず、減益になるというの実情の中、他の病院では治療出来ない患者を受け入れ、医師の育成や医学研究という役割を担っている。この危機を乗り越えるには、国としても制度改革や財政支援に取り組む必要が有ると思っています。
この支援は文科省だけでは困難で、厚労省と連携し、大学も一緒に取り組む必要が有ると思います。文科省では「大学病院改革ガイドライン」を策定し、国公私立大学病院に自己改革に取り組んで貰っています。これに加え、厚労省や財務省を含め政府が一体となって、未来の患者さんを含めた地域の皆さんが安心して治療を受けられる体制作りに取り組んで行きます。
質疑応答
尾尻 多くの大学病院の赤字の原因は、診療報酬請求の間違いと経営の問題のどちらなのでしょうか。
松本 病院の経営は大学病院に限らず、何処も嘗て無い程厳しい状況です。診療報酬の伸びとインフレ率との乖離について指摘を受ける事も有り、経営者にとっては、切り離しては考えられない状況だと思いますが、厚労省としてもこの厳しい現状については、大学病院の評価とは別に課題意識を持っています。
川添高志 東京女子医科大学病院看護部顧問 以前は長期間働く人が多かった大学病院の医師や看護師ですが、最近は早期退職者が増え、教育投資が回収し難い状況です。この点についてどの様に考えていますか。
松本 大学病院の研究や教育は非営利の事業、というのが世界的にも一般的です。この点は、世界の多くの大学病院で経営上の課題となっている様です。海外の有名な大学病院でも、営利的な側面を持つ診療側と経営側とアカデミック側とでバランスを取るのが相当難しいと聞いています。特定機能病院の評価を巡る議論では、医療・教育・研究・医師派遣の4軸で見直しを含めて検討するという方向性が了承されました。将来的に各大学病院の教育への取り組みの「見える化」が進む中で、それが評価にどう結び付くのかは今後の議論になりますが、この点についてしっかり検討するところから進めて行く事が重要だと思っています。
俵 教育研究は文科省が中心になって取り組むべき分野だと思います。大学病院に対しては、大学運営への交付金や助成金等とは別に、医療分野の教育や研究の強化に向けた支援を通じて、大学病院全体への支援に繋げて行きたいと考えています。
炭山嘉伸 東邦大学理事長 医師の働き方改革の開始後、診療報酬の改定が行われましたが、大学病院の増収減益傾向を改善する様な水準ではなく、私立大学病院の殆どが赤字になると見られています。現状、大学病院の医師の給与は低い。これでは教育も研究も、医師派遣も出来ない。医師の給与が上げられる様、大学病院のインセンティブを上げてほしいと願っています。
松本 医師の処遇の問題は、財源の問題でもあります。現在行っている見直しを進めて行き、地域で求められる大学病院の特殊性や地域への貢献を更に見える形で評価出来る様にする事が重要だと考えています。
俵 財源の問題でもありますので、如何に国民を含めて多くの人の共感を得ながら進めて行くかが大切だと思います。難しい課題ではありますが、文科省としても考えて行かなければならい課題であると思います。
小松本悟 日本赤十字社栃木県支部足利赤十字病院名誉院長 地方の大学は、地域の財源と人材を活用して医師を養成していますが、多くの学生は地域に残らない。インセンティブを付けてでも、地域に残って貰える施策や制度が必要ではないでしょうか。
松本 新潟県での経験をお話させて頂くと、医学部地域枠の拡大・改革を行いました。全国的にも地域枠の学生が増え、地元に残る医師が増えて来ています。新潟では、地域枠の学生には、1年生の頃から地域医療セミナーの開催や面談を通じて手厚いフォローを行っています。将来的にはこうした地域医療についての教育を、一般枠の学生も対象に広げて行く事も必要でしょう。又、本日行われた特定機能病院の検討会でも、医師の社会的使命を教える重要性が指摘されていました。これらについて、大学だけではなく、地元の医師会や自治体も巻き込みながら取り組んで行く事が重要だと考えています。
俵 現在効果を上げている仕組みは地域枠だと思いますが、それだけでは限界も有ります。学部の臨床実習と卒後の臨床初期研修の中でシームレスなプログラムを作り、その中で地域の医療に出来るだけ長期間携われる様にする等、その場所で働き続けたいと思える様な仕組み作りも必要だろうと思います。
邉見公雄 一般社団法人全国公私病院連盟会長 特定機能病院の医師は、研究・教育・臨床と3つの仕事をしていながら、給料は1人分しか貰っていない。海外の医師は「日本の大学病院の医師はスーパーマンか」と驚く程です。これでは医師が教授になろうとは思いません。大学病院が日本の医学を支える存在として、医療と研究や教育にしっかり取り組める体制を構築出来る様、厚労省と文科省で協力して取り組んで欲しいと強く思います。
松本 大学病院が一般病院と異なるのは、正に教育も担っている点です。私が米国に留学した時も、大学には「講師」という教育を担当する専任のポジションが有り、学生の教育を専門的に担っていました。日本にも「講師」という役職が有りますが、又違った意味だと思います。教育についても位置付けが大事だと思った瞬間でした。
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